大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎の戦略モデルとは? 事業承継・文化創出・マーケティングの視点から読み解く
2025年放送の大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』は、江戸の出版界を変革した蔦重の挑戦を描きながら、現代のビジネスにも通じる普遍的な視座を提示してきました。
第19話と20話では、将軍継承を巡る政争や出版界の再編、文化的潮流の変化といった複雑な局面の中で、蔦重がどのような戦略と信念で行動していくのかが描かれています。
この記事では、地本問屋の閉業に対する蔦重の対応や、狂歌という新たなジャンルとの出会いを通じて、出版を巡る経営判断と創造性の融合がどのように行われたのかを、現代との接点から読み解いていきます。
ep.1 大河ドラマで注目が集まる蔦屋重三郎とは?引札で江戸時代の広告革命を牽引
ep.2 大河ドラマ『べらぼう』に見る蔦屋重三郎のマーケティング戦略と現代的教訓
ep.3 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎から学ぶ江戸から令和の広告戦略とマーケティングの本質
ep.4 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎から学ぶコンテンツとデータ活用のマーケティング術
ep.5 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎から学ぶ5つのマーケティング手法
ep.6 大河ドラマ『べらぼう』に見る蔦屋重三郎のプロモーション戦略と江戸の集客方法
ep.7 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎に学ぶ、競争と共創が生んだ江戸のブランド再構築戦略
ep.8 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎に学ぶ、信頼と理念で組織を再構築する経営戦略
ep.9 大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎に学ぶ、江戸から続く創造と継承のビジネス戦略
- 第19話「鱗の置き土産」:買収戦略と理念を軸にした再出発のプロデュース
- 第20話「寝惚けて候」:狂歌という文化トレンドと“話題を仕掛ける”戦略
- 第19話・第20話から読み解く:継承・多角化・共創による文化戦略モデル
- 徳川家の将軍継承をめぐる人間関係
- おわりに
1.第19話「鱗の置き土産」:買収戦略と理念を軸にした再出発のプロデュース
あらすじ
江戸城では、将軍・徳川家治が新たに迎えた正室・鶴子の存在により、側室である知保の方が動揺し、自殺未遂を図る事件が発生します。遺書には「亡き息子のもとへ行きたい」と綴られており、政争に翻弄される女性たちの姿が浮き彫りになります。しかし、この自殺は実は大奥の女たちによって仕組まれた“狂言”であり、田沼意次は背後にある大奥内の権力争いを探り始めます。
一方、市中では長年続いた地本問屋・鱗形屋が店を畳むことになり、出版界に衝撃が走ります。職人や作家たちの行き先が宙に浮く中、蔦重はすべての板木を三倍の値で買い取ると宣言。驚く問屋仲間の前で、出版の未来を見据えた強い意志を示します。
また、鱗形屋の主人からは、かつての専属作家・恋川春町の行く末を託されます。蔦重は春町に「百年先の江戸を描きませんか?」と未来志向の出版を提案しますが、春町は反発し一度は席を立ちます。しかしその後、蔦重の熱意に打たれた春町は鱗形屋を訪れ、自らの非を詫びて再び筆を取る決意を固めます。
さらに蔦重は、鱗形屋が保有していた、かつて自分が初めて購入した本の板木を譲り受けるという場面も描かれます。それは彼の原点を再確認し、理念と出版の意味を噛み締める象徴的な瞬間でした。
江戸時代の課題と対応策
長年続いた地本問屋・鱗形屋が閉業を発表し、これまで所属していた作家や職人たちが宙に浮くことになりました。出版の基盤が失われ、業界の動揺が広がります。蔦重は、他の問屋が買い渋る中、すべての板木を三倍の価格で買い取ると宣言。これにより、有力なコンテンツ資産と職人の技術を自らのもとに集約し、出版業界内での信頼と立場を高めました。
現代の課題と対応策
この戦略は、現代のM&Aやアクハイヤー(人材目的の買収)に通じます。優れた資産を早期に買い取り、ブランドや人材を吸収することで、既存事業に新たな風を吹き込みます。スタートアップ業界でも、退場する企業からIPや技術、人材を獲得して成長加速するケースが増えています。
2.コンセプト起点による出版の差別化
江戸時代の課題と対応策
かつて鱗形屋の看板作家だった春町は、出版の現場から離れ、筆を折ったまま孤立していました。鱗形屋の閉業によって春町との関係も終わりかけていましたが、蔦重は鱗形屋の主人から「春町のことも頼みたい」と託されることになります。蔦重は、鱗形屋からの想いを胸に春町のもとを訪ね、「百年先の江戸を描きませんか?」と未来を見据えた創作を提案します。最初は反発されたものの、その熱意に春町は心を動かされ、再び筆を取る決意を固めます。これは単なる説得ではなく、“誰かの志を引き継ぐ”という形で再出発を支えた、蔦重の「つなぎ手」としての行動でした。
現代の課題と対応策
コンセプトマーケティングは、商品価値よりも“物語性”や“ビジョン”で顧客を動かすアプローチです。サステナブル、未来志向、社会課題解決など、現代の企業でも強いコンセプトが顧客との共感を生む鍵となっています。春町の再起を「未来の江戸」というビジョンで支えた蔦重の姿勢は、現代における共感型プロジェクトや理念主導のブランド戦略にも通じる実践です。
3. ストーリーテリングによるブランドの再定義
江戸時代の課題と対応策
蔦重が鱗形屋から譲り受けた、かつて自分が初めて買った書物の板木。そのエピソードは、蔦重の出版人としての“原点”を可視化するものであり、事業活動と人生が重なる演出となっていました。
現代の課題と対応策
ブランドの物語性は、顧客との信頼形成や企業文化の共有に直結する要素であり、現代のスタートアップ経営でも重視されています。創業者の経験や思い出に紐づくストーリーは、企業の独自性や存在意義を際立たせ、顧客の共感やロイヤリティを高める要素となります。
江戸時代と現代の比較
第19話では、蔦重が出版という事業を通じて、閉業する鱗形屋の板木を三倍の値で買い取るという大胆な意思決定を行い、作家・職人との関係性も引き受けていく姿が描かれました。さらに、かつて自分が買った思い出の書物の板木を譲り受ける場面では、理念と情熱を軸にした出版者としての原点が強調されました。
江戸時代のこの一連の流れは、現代における事業継承やブランド資産のM&Aと極めて近い構造を持っています。現在、多くの老舗企業や中小事業者が後継者不在に悩むなか、理念や人材を含めて承継していく必要性が高まっています。蔦重のように、経済的合理性だけでなく「文化の継続性」や「信頼関係の再構築」を含めて買収を実行する姿勢は、現代経営にとっても大きな示唆を与えるものです。
2.第20話「寝惚けて候」:狂歌という文化トレンドと“話題を仕掛ける”戦略
あらすじ
江戸城では、将軍継承を巡る政争が激化。田沼意次は一橋豊千代を次期将軍とし、田安家の種姫を正室(御台所)に据える政略を進めます。ところが、豊千代にはすでに薩摩藩主・島津重豪の娘・茂姫との婚約があり、側室扱いとされたことで重豪が激怒。最終的に豊千代の将軍継承と種姫の正妻就任が決まるものの、薩摩藩との対立が決定的になります。
この政略の影響で、西の丸を預かっていた知保の方は、豊千代の母が入ることにより退去を命じられます。知保の方は「わたしは西の丸におるのじゃ!」と泣き叫びながら連れていかれ、大奥の勢力図が大きく塗り替えられることになります。
一方市中では、蔦重が出版した『菊寿草』が吉原を起点に評判を呼び、話題をさらいます。蔦重はそこで狂歌の才能を持つ大田南畝と出会い、彼のユーモアと風刺の効いた文体に魅力を感じ、耕書堂に招き入れます。新たな文化トレンドである“狂歌”の出版を軸に、蔦重はさらに市場拡大を狙って動き出します。
競合の西村屋は清長の絵を使った高価格本で巻き返しを図りますが、蔦重は類似した作風を用いつつ、庶民にも手が届く価格帯で対抗。読者の支持を得て、出版競争に勝利していく様子が描かれました。
1. 話題性を仕掛けるプロモーション戦略
江戸時代の課題と対応策
当時の出版物は広告やメディアを通じた広報手段が乏しく、“評判”や“口コミ”による自然拡散に頼らざるを得ませんでした。その中で、蔦重は吉原という情報感度の高い地域で『菊寿草』を販売することで、自然に話題を呼び、出版物を江戸中に広げていく戦略を採用しました。この選地と拡散設計は、情報の流通経路が限定されていた江戸において極めて合理的かつ先進的なものでした。
現代の課題と対応策
SNSやWebメディアが発達した現代でも、「どこで話題をつくるか」は商品やブランドの立ち上げにおいて重要な要素です。蔦重の吉原起点の拡散戦略は、現代でいえばインフルエンサーやカルチャー発信地での“ローンチ場所戦略”に相当し、ターゲットコミュニティを起点とする初動設計の重要性を示唆しています。
2.コンテンツ創作における支援と環境整備の重要性
江戸時代の課題と対応策
出版界ではジャンルの固定化が進み、読者が新しい感動や発見を求めているにも関わらず、既存の書物がその期待に応えきれていない状況が続いていました。蔦重は、南畝の狂歌に可能性を見出し、風刺とユーモアが融合した新しい出版ジャンルとして取り上げ、耕書堂での展開を開始します。これは庶民文化に寄り添いながら、出版内容の多様化を図る取り組みでもありました。
現代の課題と対応策
現代のメディア・出版・マーケティングでも、価値観の多様化が進む中で、“今ここにない新しいジャンル”をどう開拓するかが差別化のカギになります。ニッチだが熱量の高いファンを持つ分野(ZINE、詩、エッセイ、パーソナルストーリーなど)に投資することが、新しい市場をつくる可能性を秘めています。蔦重のように、才能ある個人に目をつけてジャンルを起点とした展開を仕掛けることは、今もなお有効な戦略です。
3.価格戦略とスピードによる競合対抗
江戸時代の課題と対応策
清長の絵を用いた西村屋の豪華本は芸術的価値は高いものの、価格の高さが普及の障壁となっていました。蔦重は、同じく美的価値を持つ絵師のスタイルを取り入れつつ、より安価で提供。一般読者層が手に取りやすい価格に設定することで、販売拡大と庶民支持を獲得します。高価格戦略に対する“庶民戦略”で明確に差別化したことが、成功の要因となりました。
現代の課題と対応策
現代でも、高品質のコンテンツが必ずしもマス層に届くとは限らず、価格・供給スピード・販路設計がセットで機能してこそ競争力を持ちます。とくにサブスクモデルやD2C商品の分野では、「手に取りやすさ」「すぐに届く」などの要素が意思決定に直結します。蔦重の庶民価格戦略は、現代の価格心理・購入体験設計においても学ぶ点が多い戦術です。
江戸時代と現代の比較
第20話では、蔦重の柔軟な戦略設計が際立ちました。彼は、どこで売るか(吉原)、誰と組むか(南畝)、どの価格帯で攻めるか(清長風の廉価出版)という、空間・表現・価格の三軸を巧みに使い分けました。これらは現代のマーケティングでも基本構造として重視される“場・人・価値”の設計そのものです。
情報の発信源、表現の切り口、価格の可処分性は、現代のマーケターや商品企画者にとっても常に考えるべき三大要素です。蔦重の一連の戦略は、プロモーション設計と商品設計を同時に成立させていた点で、まさに現代にも通じる戦略実践といえるでしょう。
3.第19話・第20話から読み解く:継承・多角化・共創による文化戦略モデル
第19話と第20話では、蔦重が激動の出版業界において、過去から未来へと“文化と人”をつなぎ直していく姿が描かれました。ここでは、それぞれの実践を戦略的な視点から整理し、現代に応用可能なフレームとして再構成します。
戦略カテゴリ | 江戸時代の実践 | 現代の課題と対応策 |
---|---|---|
買収・承継戦略 | 鱗形屋の板木や作家・職人を三倍の価格で引き受け、文化資産と信頼を獲得 | 廃業する事業や人材の知見をM&AやIP買収で受け継ぎ、理念を持った再活用を進める |
理念共創 | 「百年先の江戸を描く」というビジョンで春町を再起させ、共創による出版を実現 | 単なる再雇用ではなく、共通ビジョンによる協業で人的価値を最大化する |
話題設計(拡散戦略) | 吉原という“場”を活用して『菊寿草』を自然に拡散、評判を最大化 | SNSやインフルエンサーによる自然発生型の拡散設計、共感起点のプロモーション |
多角化(新領域開拓) | 狂歌という新ジャンルに着目し、大田南畝を巻き込み出版市場の幅を拡張 | ニッチ市場・新ジャンルの発掘と育成、価値観多様化に応じた企画展開 |
価格戦略と対抗 | 高価格戦略を取る西村屋に対し、同様の品質で廉価販売し、庶民の支持を獲得 | 高価格・高品質路線との競争において、スピード・価格・体験価値で差別化を図る |
4.徳川家の将軍継承をめぐる人間関係
第20話で描かれた将軍継承の混乱は、物語の中心である蔦重の出版活動とは一見無関係に見えるかもしれませんが、実は今後の文化環境や庶民生活、そして蔦重自身の活動基盤に大きな影響を与える、歴史的に重要な転換点です。
一橋豊千代 → 徳川家斉の就任と「化政文化」の時代
史実において、第10代将軍・徳川家治が後継に悩んだ末に選んだのは、一橋家の若君・豊千代でした。彼はのちに第11代将軍・徳川家斉(いえなり)として、1787年に15歳で将軍職に就任。その後、幕府史上最長となる約50年にわたる長期政権を築きます。
この長期政権期には、老中による安定した政務運営が続く一方で、町人層の経済力と文化消費が活発になり、出版や娯楽が大いに花開く時代へと移行していきます。いわゆる「化政文化(かせいぶんか)」と呼ばれる時代の到来です。
蔦重が手がける浮世絵や洒落本、狂歌といったジャンルは、この化政文化とともに庶民の間に深く浸透し、江戸の風俗や美意識を形作る一翼を担っていくことになります。
登場人物 | 立場・背景 | 状況(第20話) |
---|---|---|
徳川 家治 | 第10代将軍。実子・家基を失っている | 後継を決めるにあたり一橋家の豊千代を養子に選ぶ |
知保の方 | 家基の母。家治の側室 | 新体制に伴い、西の丸を追われ、泣き叫びながら退場 |
鶴子 | 家治が新たに迎えた正室(御台所) | 政略の中心から外され、政治的役割を喪失 |
一橋 豊千代 (家斉) |
一橋家の若君。家治の養子となり、第11代将軍となる | 物語上では田沼の政略により将軍就任が決定される |
種姫 | 田安家の娘。田沼が進める政略婚により、豊千代の正室となる | 将軍正室(御台所)としての地位を得る |
茂姫 | 島津家(薩摩藩)藩主の娘で、豊千代と婚約していた | 側室扱いにされ、島津家が強く反発 |
島津 重豪 | 薩摩藩主。幕府と姻戚関係を望んでいた | 茂姫の婿入り計画が崩れ、幕府と対立 |
田沼 意次 | 老中筆頭。改革と政略の中心人物 | 豊千代と種姫の婚姻を仕掛け、次期体制を画策。 |
家斉政権の誕生は、政治の安定と表現の多様性が同時に訪れる数少ない時代でした。町人経済が成熟し、教養と娯楽の境界が緩やかになる中で、「誰に、どんな形で、どんな物語を届けるか」が出版の主戦場になります。
蔦重は、まさにこの文化変容の真っただ中で、“流行をつくる者”から“文化を仕掛ける者”へと進化していきます。商売人としてだけでなく、時代と制度の隙間を縫って創造を実現する起業家・文化戦略家としての蔦重像が、これからの物語でさらに色濃く描かれることでしょう。
おわりに
『べらぼう』第19話・第20話では、出版の危機と機会、伝統と革新、人と人の再結びといったテーマが交錯しながら、蔦重の柔軟かつ信念に満ちた戦略が描かれました。
彼の行動は、目先の売上を追うのではなく、「誰のために、何を残すのか」という視座から文化を編んでいくものです。春町の再出発を支えた行動、南畝との出会いを新たな流行の起点とした柔軟さ、そして清長風の作品を庶民価格で提供する戦術はすべて、単なる商才ではなく、文化を“つなぐ者”としての覚悟の現れです。
現代もまた、技術革新やメディア変化の中で、文化のあり方が問われる時代です。蔦重のように、文化と経済の両立を目指しながら、理念と共感に基づいた事業を形にしていくことは、今後ますます重要になっていくでしょう。
次回の第21話以降も、蔦屋重三郎の戦略と情熱を通して、江戸と令和をつなぐヒントを探ってまいります。 ぜひ、次回以降もご期待ください。
また、江戸時代の広告文化に興味を持った方は、ぜひ、引札についても興味を深めて頂ければと思います。
Tokyo Tokyo(東京おみやげプロジェクト)について
https://tokyotokyo.jp/ja/action/omiyage/
江戸時代から明治時代に使われていた「引札(宣伝用チラシ)」には、当時の日本の文化や暮らしが色濃く反映されています。私たちは、この歴史的に貴重な引札のデザインを現代に活かすため、東京都が進める「東京おみやげプロジェクト」に参画し、伝統的な日本の魅力が詰まった商品の開発と販売を行っています。
東京都と民間企業が共同で開発した伝統的な工芸品から文房具、食料品など、東京旅行の思い出をもっと楽しくするアイテム「東京おみやげ」のPR・販売拠点「# Tokyo Tokyo BASE」(羽田空港)で販売しています。
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